迷はぬ月に 連れてゆかん

前日の雨も朝には晴れ渡り、新宿御苑を通り抜けて能楽堂に至るコース。
新宿門から入る。菊花壇が設えられている為か午前中から人出は多いようだ。薔薇はまだ咲いているだろうか。芝生でスケッチをするグループ、散歩する老夫婦、どんぐりを拾う幼稚園児。遠めにも鮮やかな花の色が見えた。四角い花壇の両脇を囲むプラタナスの並木はあついくらいの陽射しを遮ってくれそうだ。ずらり並んだベンチに腰掛ける人もいない。一面に降り敷いた大きな大きな落ち葉が立派。なかほどのベンチに腰掛けると行列する金色の円錐は光りながらかさかさと秋の音色を立てる。上のほうからくるくると旋回しながら落ちてくる茶色く朽ちた枯れ葉。

柘植の仕切りを抜けて薔薇園を見て回る。まだ咲いている薄いピンク、黄色、紅薔薇白薔薇も。地面にたくさん終った花も落ちている。Romeoは大きく花を開くと印象は違って、すこし迂闊な感じ。黒味を帯びた蕾は変わらない。

ひとびとが足早に向っていた菊花壇にも足を伸ばすべきだろうか?やや、ルートを戻るように池の端を日本庭園の方向に向う。池の浅瀬で雀たちが盛大に水浴びをしている。亀は動じず甲羅を天日に干している。

懸崖作り菊、自然を技巧的に模したさま。
伊勢菊の縮れた花弁は和菓子のようにほろほろと零れ、丁子菊は丸い花のつくりが愛らしい、嵯峨菊の素っ気無いふうを装った花弁の開きがとても気になる。流儀というふうな菊の並べ方が渋い。
なんとおおきな、一株から五百以上の花を見事な半円に咲かせた大作り菊「白孔雀」、紫のも。
           菊の世界、奥が深いです…

    千駄ヶ谷口から出て国立能楽堂へ、
狂言「蟹山伏」、能「遊行柳」

秋津洲の、国々廻る法の道
国々廻る法の道、迷わぬ月も光添ふ
心の奥を白河の関路と聞けば秋風も
立つ夕霧のいづくにか今宵は宿を旅衣
日も夕暮れになりにけり
日も夕暮れになりにけり

さてはこれが名木の柳にて候ひけるかや
げに川岸も水絶えて、川沿ひ柳朽ち残る
老木はそれとも見えわかず、蔦のみ這ひかかり
青苔梢を埋む有様、誠に星霜年ふりたり
さていつの世よりの名木やらん、委しく語り給ふべし

昔の人の申し置きそは、鳥羽院の北面佐藤兵衛憲清出家し、西行と聞こえし歌人、この国に下り給ひしが、頃は水無月半ばなるに、この川岸の木の下に、暫し立ち寄り給ひつつ、一首を詠じ給ひしなり

謂はれを聞けば面白や、さてさて西行上人の
詠歌はいづれの言の葉やらん

道の辺に清水流るる柳蔭、暫しとてこそ立ちとまり
涼みとる言の葉の、末の世々までも
残る老木は懐かしや、かくて老人上人の
朽木の柳の古塚に、寄るかと見えて失せにけり
寄るかと見えて失せにけり

不思議やさては朽木の柳の、我に言葉を交はしけるとよ

念ひの珠の数々に、念ひの珠の数々に
御法をなして称名の声うち添ふる初夜の鐘
月も曇らぬ夜もすがら、露をかたしく袂かな
露をかたしく袂かな

迷はぬ月に 連れてゆかん

柳の精(西行)が舞う序の舞。
太鼓、鼓、笛の音のリズムはいつしか大地の心音のように心地よく響き、金色の髪を垂らした柳の化身が舞う能舞台をあかるい月の光が照らすように。