『黄金の百合』 フィリップ・ソレルス

《小さなものを知覚すること、それは眼力をもつことにほかならぬ。弱いものだけにとどめること、それは強いことにほかならぬ》

愛を信じる無神論者による受胎告知、愛の告白の書。ハッピーエンドで。
1989年の作品と考えると、しようがないかもしれない。
「本気」が困難な時代。それでこのように茶化しつつ、遊んでいるように見せかけつつ、失敗を含みつつ書くという方法をとる。
翻訳残念。「ステュディオ」ではある程度機能している軽めの文体が、この内容を表現し尽くせない。漢詩の世界観でレ島を表現するソレルス氏の感性と全体の日本語が調和していないのは時代のせいか、原文のせいか、翻訳によるものかは判断しかねますが。

すぐれた詩について、中国語では縫い目のない空[天衣無縫]と言う。明証。描かれた息吹、現前するものを覆うと同時にあらわにする

[天衣無縫]という語に注目する氏の感性に注目したい。天の羽衣、天女が纏う薄衣。見せるともなく隠し、隠しながら見せる、襞の形も美しい詩のことを。

黄金の百合

黄金の百合

騙された気分になってきました。これはきっと、ほんとうの物語のFICTIONでしょうか。「受胎告知」の大天使とマリア。そのほんとうの物語のパラレルを、さらにパロディ化して、世界を騙そうという...


               *

『黄金の百合』とは、セリーヌがいうところの「黄金の翼」?