『記号の横断』

ジュリア・クリステヴァ編著『記号の横断』。
フランソワ・チェン氏「中国の詩的言語」(松枝到・訳)における言語は言語的好奇心をくすぐる。フランス語で書かれたパロール「書かれた、それでいて際限なく語りつづけるパロール。文字に立脚した書き言葉、文語。」が、日本語に移し変えられる時、もういちど言葉は豊かに語りだすようだ。
「ここでの報告は、中国の詩的言語そのもの、その法則、構造、そして多様な含意を見てゆこうとするものである。」

眼に視える世界とは解読されるべきテクストなのだ。世界を構成するかたち、色彩、音は、その多様な組み合わせによって意味を生成させる。文字の誕生は「八卦」と呼ばれる占いの体系的形象に関係していて、八卦それじしんが自然の特権的発顕に基礎づけられ--自然のしめす記号と表意文字とのあいだに中断はなく--詩、すなわち記号の技術は、人間の多産な精神の表明となるが、それは同時に世界の力動的な運動と結び直されることでもある。

前置詞の省略が動詞から方向や他動性の指示を奪い去る。そこから生ずる可逆的な言語活動にあっては、主語と目的語、内と外とが、ある循環関係をもつ

時間指標の省略法。これにより詩人は、別々の時間をわざと混在させる。つまり過去と現在、夢と現実をまぜあわすことができる。

「語の結合の大きな可動性」

要素の欠如は、実詞における名詞的なものと動詞的なものの潜在的な現前というふたつの状態の目前で、詩人の意図を作動しうる状態にする

偶数/奇数のあいだの対立については、それが陰(偶数)と陽(奇数)をめぐる思想を根底にもち、その交代原理こそ、中国人から見れば宇宙の本源的ダイナミズムを表現している

香霧雲鬟濕
清輝玉臂寒

香霧 雲鬟 湿い
清輝 玉臂 寒からむ

芳香を放つ霧 湿った雲の巻き髪
純粋な光 冷たくなった硬玉の腕 (杜甫

漢字の構造の立体的な側面を自在に混ぜ合わせる可動性によって生まれる漢詩の景色。方形に整えられた記号の箱を構成する繋ぎ目。音韻によるリズムの規則的な起伏は機械の硬質と柔らかな波動を不思議に繋いでゆく。五言絶句、七言絶句は陰と陽、曲線と直線の円環を四角く閉じ終える。