絶版にしておくのは惜しい「サム・ピッグだいかつやく」

いままでお世話になった子供の本。いわずと知れた名作をとりあげることになりそうだが、今回は、絶版にしておくのは惜しいアリソン・アトリーの「サム・ピッグだいかつやく」「サム・ピッグおおそうどう」をとりあげてみたい。
童心社の「チム・ラビットのぼうけん」「チム・ラビットのおともだち」は今でも版を重ねている、同じくアリソン・アトリーによる子ウサギチムのおはなし。愛らしいチムの物語は本好きの親子には人気がある。裏表紙に、「チムとサムの本」と印刷されている。初版は1967年、私の生まれた年だが、当初はこの4冊がチムとサムの本としてシリーズものとされていたようだが、私が子供のときに読んでもらったことも、自分で読んだ記憶もない。
動物のおはなしが好きな息子のために、なんの予備知識も、特別な期待もないが、多田ヒロシ氏の小ブタとクマの挿絵が息子の嗜好に合いそうで、図書館で借りた。読み聞かせを始めるや、息子はもちろん、私もいたく気に入ってしまったのがこの「サム・ピッグ」シリーズの2冊である。
『サム・ピッグだいかつやく』には「サム・ピッグのずぼん」「サム・ピッグとかっこう時計」「サム・ピッグのりんごどろぼう」「サムとかかし」「大きな家へいったサム」の5話が収められている。
「サム・ピッグのずぼん」の第一声はこうである。
「サム・ピッグはいつもずぼんをだいじにしませんでした。」神宮輝夫氏の訳はとてもさっぱりしているが、このおはなしの持ち味をよく伝えるようである。次はこのように続く。
「野ばらのとげでやぶいたり、はりえにしだのやぶにひっかけたりしました。さんざしにやぶりとられたり、とげとげのあざみの中にはいって、糸をぬかれたりしました。」サムがどんな小ブタなのか、わかるようだ。サムは、アンねえさんと、2人の兄、トムとビルの4人で暮らしている。アンねえさんはお母さんのような存在でもある。サムのずぼんをつくろい、糸を紡ぎ、植物で赤や青に染め、あたらしいずぼんをつくってくれる、やさしいおねえさん。2人の兄はごく常識的なお兄ちゃん、いろんなことをしでかしてくる末の弟サムに、あたりまえのアドバイス(とはいっても子供の常識の範囲ではある)を与える役割だが、サムはそんなあたりまえには満足しない小ぶたである。サムのキャラクターは「ひとまねこざる」のさるのジョージに似ているかもしれないが、もっと発想ゆたかで特別を好むようだ。ずぼんにはたくさんつぎあてがあって、それがたくさんのポケットになって、そこにてんとうむし、みつばちとみつばちの巣、かえる、、くわがたむし、石ころ、どんぐりをいれておけるようでなければならない。
「サム・ピッグとかっこう時計」では、大好きな時計のねじを巻きすぎて壊してしまう。どのようにすきなのか、どのように壊してしまうのか、どのようにして時計を探しにいくのか、という描写が素晴らしいので、あらすじだけを追うことは無為にも等しいが。とにかく、時計をサムは探しにいく。まほうつかいのおばあさんのところへ。といっても、ちっともまほうつかいらしくなくて、森のなかにたったひとり住むおばあさんをたずねて行く。おばあさんはつかっていない時計をくれるという。「とてもうるさくて、よくしゃべる、小さなうるさい、かわってる時計」朝になってやねうらべやからおばあさんが出してきてくれた時計は「小さな家のかたちをした、とてもうつくしい時計で、草ぶきやねのすぐ下に窓が1つあり、げんかんの上のところに時計の文字ばんがあり、その下にまつかさが2つぶらさがっている。まつかさを1つひきおろすだけで、ねじがまける」わたしたちが鳩時計といっているもののようです。「かっきり何時かになると、まどがぱっとあいて、小さなかっこうがへやのなかを飛び回り、時を告げる。翌朝早く家を飛び出していったかっこうは数時間後、べつのかっこうをつれて時計に帰る。時計のどあをノックして細めにあけてみると、てーぶるの家にはさくらそうがおいてあり、だんろには小さな火があかあかと燃えている、2羽のかっこうはだんろのそばにこしかけて、ささやくような声で話しあっていました。」(時計の)えんとつからけむりが出ている、かっこうはくつろいでいる。
こんな調子で、魔法が、あるいは不思議が、いつのまにか、全く自然に展開される、日常のなかに。それぞれのおはなしにひとつずつ不思議、あるいは魔法がひそんでいて、それをサムがさがしあてる、というよりも、そのようになる。おはなしの展開がとてもあたたかく、ささやかな、たしかな愛に満ちている。
ロンドン補習校、毎土曜日、国語を習う子供たちを送り迎えした。古本セールが年に1,2回ある。そのなかに「サム・ピッグだいかつやく」を見つけたときは嬉しかった、手に入れることはできない、と思っていたから。

The Sam Pig Storybook (FF Childrens Classics)

The Sam Pig Storybook (FF Childrens Classics)