ぶ厚い宝物 『海底二万海里』 J・ヴェルヌ

大好きな、福音館古典童話シリーズの

海底二万海里 (福音館古典童話シリーズ)

海底二万海里 (福音館古典童話シリーズ)

私の子供時代にも本棚にありましたが、あまりにぶ厚いこと、字が小さくびっしり詰まっている感じがして読まずじまいでした。本好きの姉がずいぶん熱心に読みふけっていた記憶がありますし、「すっごく、面白い」と言っていたのでわたしもいつか読んでみたいな、と思っていました。
数十年を経て、息子に読み聞かせたのが数年前。
たちまちこの本の魅力に息子ともどもとりつかれましたが、その魅力はいくつかの要素から成り立っているようです。
潜水艦での世界一周、登場人物の的確さ、科学的な視点、未知の世界を探検する興奮、そしてノーチラス号という意思を動かすネモ艦長。
この科学的な冒険小説を支えている生身の人間の感性は、150年を経た現在の私たちにも生々しく感じられるリアルさを保っています。

イギリスに住んでいた頃、フェリーに車を乗せて渡仏したものですが、ブルターニュはサン・マロにフェリーで渡ったのを思い出します。北向きの海はシーズンオフでもありましたが、海辺で遊ぶ人はわりあい多く、夏のシーズンならばどんなに賑やかだったでしょう。
子供も小さかったので水族館に行ったのですが、その展示はJ・ベルヌの「海底二万海里」風の、文学的な見せ方に新鮮な驚きを感じました。日本では水族館というと科学的な見せ方がほとんどかと思います。フランス人は、海にこういうロマンを感じるわけね、と感心しきりでした。
ロンドンの海洋博物館で「タンタン原画展」を開催するのと同じ感性ですね。思えば、西洋の人は船、あるいは舟にもの凄いロマンを抱いている、と思います。
もっといえば、乗り物に対する郷愁、あるいは執着は計り知れないものがあるのではないでしょうか。それはサン=テグジュペリにとっての飛行機であり、『たのしい川べ』

たのしい川べ―ヒキガエルの冒険

たのしい川べ―ヒキガエルの冒険

のかえるくんにとっての自動車であり、ねずみくんにとっての舟であり
『チキチキバンバン』の空飛ぶ自動車であり、『007』
From Russia with Love (Penguin Decades)

From Russia with Love (Penguin Decades)

のボンドカーであり。(こちら2点はイアン・フレミング原作)
(休日ともなれば自家用飛行機であそぶ人、クラシック・カーを乗り回す人、舟を漕ぎ出す人が少なからず出没します)
こういったものはやはり男の座標軸に属することがらで、地図、移動、征服、そして人間に対する醒めた視点、といったものがテーマとなってくるようです。

海底二万海里』でのネモ艦長の哲学は大きな声で語られることはなく、そこはかとなく知られる、という方法をとっています。
同じくJ・ヴェルヌの『八十日間世界一周

八十日間世界一周 (岩波文庫)

八十日間世界一周 (岩波文庫)

をだいぶ前に楽しんだ記憶がありますが、そこには時間の不思議さが組み込まれています。
西洋の人が好きなものに地球儀を加えてもいいかと思いますが、それは征服欲に直結するものです。しかもそれを大変ロマンチックなものと感じながら。
いずれにしても、自然科学と人文科学を絶妙に融合させている本のひとつでしょう。フランス人は、それが得意なのかもしれません。