ファン・エイクからの無言

濃厚な記憶はファン・エイクの描く毛織物の、絨毯の、ビロウドの、シルクの襞の重々しい色艶。ガラスを通る光線。甲冑の金属の放つ光。絵画?
ファン・エイクの絵を前にすると、何故?と問いたくなる。無言で。何が描かれ、何が描かれていないのか。圧倒されながら。問い合い続ける絵画。

The Madonna with Canon George van der Paele 1436
Groeningemuseum , Bruges
ブリュージュのこぢんまりとした美術館の豪華な絵画。豪奢な衣装の応酬のような絵画です。あらためて画集で見ていても一体何事か?と思われてくるだけですが、ひとつ言えるのは我々に何事かを見せるのは光なのだ、ということくらいでしょうか。全ての細部は色という光で描かれているように見えます。




Ghent Altarpiece(Polyptych with the Adoration of the Lamb) 1425-32 Cathedral of St.Bavo , Ghent
画像が小さくてごめんなさい。ベルギーへの旅の目的地はこちらゲントの祭壇画「神秘の子羊」。
入場人数は制限されていたのでしょうか、ゆっくり観ることができました。
この祭壇画のなかに、ファン・エイクは全てを、世界を描こうとしたのかもしれません。アダムとイヴの、カインとアベルの、人類の罪をも含んだこの世界の、光と闇について。中央のキリストが人間(アダム)によく似た姿で描かれているのが印象的でした。いうべきことは数限りなく、いえないほど。




The Arnolfini Couple 1434 National Gallery , London
ロンドンのナショナル・ギャラリーに初めて訪れた時から、何度この絵画に立ち会ったのでしょう、無言で。
「謎の、」と常に形容される小さな絵画の謎をいくら挙げてもきりがないようですが。ここには光の反射が克明に描かれているように今は見えます。
窓から、丸い硝子から、シャンデリアの金属を跳ね返り、肌の白さから、掌から、水晶玉のなかで。白い布の寄せられた襞のなかに、毛皮の上を、たたまれたドレープの間を。照らす光と受け止める光。跳ね返す光。鏡のなかで。犬の眼の光はこちらを見て。あらゆる細部を動き止めぬ光の束。シャンデリアに灯るろうそくのたったひとつの炎。
世界を見ることは光をみとめることなのかもしれません。