エリアス・カネッティを読みたい

以前『眩暈』を読みたくて図書館から借りて読み始めたことがあるが、あまり読み進まずに返してしまった。小説に5千円近く支払うのは私には勇気が要る。それで『眩暈』の前に評伝を読んでしまった。

エリアス・カネッティ―変身と同一 (叢書・ウニベルシタス)

エリアス・カネッティ―変身と同一 (叢書・ウニベルシタス)

その後に小説、自伝を読んでも障害にはならないように思える。そして、小説も自伝も同じことのように思えるし、どの順に読んでも良いのかもしれない。
エリアスの母の言葉。

「お前は私とお喋りをするのが好きらしいけれど、私を退屈させるようでは駄目ですよ。人を退屈させないためには、教養が豊かでなければね。頭が空っぽな相手と話をするのは御免ですよ。話をするなら、こちらが真面目に受け取れるような話でなければいけませんよ。」

エリアスが7歳の時に父が急死し、ドイツ語を学び、母とドイツ語で話し合えるようになってからのことである。それはまさに「母国語」を得ることであったと。
エリアス少年の嫉妬にも等しい母への「愛」は後年「憎」に変わるという。
エリアス・カネッティと母との関係は三島由紀夫と母との関係に似ているようだが、26歳で『眩暈』を執筆後、カネッティの母は息子に負けを認めている。「私が書きたかったこと全てが書かれている」と。エリアスの父が死んだのは自分にも責任があると告白。そして母子は距離をとるようになり、それがカネッティに終生「書く」ことを促したようだ。
いづれ『眩暈』を買うことになりそうだが、もういちど図書館で借りて読み始めたい。所有することによって安心してしまい、積んでしまうのが嫌だから。