法隆寺

娘と2人、JRで奈良へ小旅行。まず法隆寺
法隆寺駅からバス、人は多くない。どこか田舎の、といった風情のなかにある法隆寺。境内全体が暑い。地面の照り返しが強く、どこか南国か、中国にでも来たのかと錯覚をおこす。
土門拳の写真で見た、飛鳥時代の建築が目の前にある。五重塔、金堂の確かな存在感はどっしりと重く、時間を耐え抜く意思のようなものを感じる。金堂2階の屋根を支える、龍の巻きついた支柱は江戸時代のものだそうだが、この支柱は景色となっていて、それがないのが想像できない。
金堂のなかには飛鳥時代の仏像、金銅釈迦三尊像(飛鳥時代)、金銅薬師如来坐像(飛鳥時代)、金銅阿弥陀如来坐像(鎌倉時代)、があるが、これらは予想より3割小さい大きさだった。樟(くす)で造られたわが国最古の四天王像(白鳳時代)もどしりと直立し、やはりこちらも耐え抜く意思がある。天蓋も含め、飛鳥時代というはるかな時間が実感されて、思わずたじろいだ。
西院伽藍を出て大宝蔵院へ。もちろんお目当ては百済観音。お会いするのは初めて。おもいのほか細い。お顔の表情がはっきりと判別できないほど古びているが、体中の涙という涙が全て流され尽くしたかのような表情と体躯の細い線は、魂そのものか、あるいは魂をうしなった肉体の名残なのでしょうか。特異な仏像、光背を支える支柱は竹を模したもの。
悲壮な美しさ。



百済観音という呼称は後世のものらしいが、この像は故国百済に還ることをこそ願ったひとの像のように思われてなりません。