舞ひいでたる狂女
きらびやかに舞ひ狂ふ女ひとり
さても心をいれて狂へば
春の日に
くさぐさの想ひぞ高まる
舞ひいでたる女ひとり
さても心をいれて狂へば
  顔のもちよう俯かず仰がず
  袖のながきもの着て手先など見せず
  弱々としめし帯
  持ちさだめずして持ちたる扇
  たをやかなる腰膝
そのきらびやかなる舞い様
いくかへり
咲き散る花を眺めし女に似たるかな
舞ひいでたる狂女
太鼓 大鼓 小鼓 笛の音にそひ
さても心をいれて狂へば
  そのきらびやかなる姿
  花の盛りと解きほぐす乱髪
  きらめく秋の陽に散りて
  虚空はるけく飛翔しさる
くさぐさの想ひぞ充つる三月の能楽堂
舞ひいでたる狂女ひとり
さても心をいれて狂へば
鼓の音冴え 笛の音 幽けく消えて行く

                          立原正秋能楽堂」より部分

日本の名随筆 (87) 能

日本の名随筆 (87) 能

形容し難い言葉の重みは姿の見えぬ神との相撲にも似た取り組みを見せる。
錚々たる執筆陣は馬場あき子、円地文子芥川龍之介中勘助夢野久作三島由紀夫亀井勝一郎、林屋辰三郎、萩原朔太郎野上弥生子和辻哲郎白洲正子高村光太郎福原麟太郎小林秀雄大岡信、野上豊一郎、野口米次郎、戸井田道三、中西進、戸川安章、野村万作喜多六平太、滝井孝作、喜多実、櫻間道雄、観世左近、観世寿夫の諸氏。