『カポディモンテ美術館展』その2

グイド・レーニ《アタランテとヒッポメネス》1622年

 

古代神話の乙女アタランテは、その美貌と俊足、そして男嫌いで有名であった。求婚者は彼女を駆け比べで負かさねばならず、それができないと彼女に殺された。しかしヒッポメネスは彼女に抜かされそうになると黄金のリンゴを落とし、彼女の気をそらせて勝利した。

この絵はまさに、ヒッポメネスの落としたリンゴをアタランテが拾う場面である。
まるでバレエの一場面のような、構図は近代絵画のようにシンプルで、そこには音楽のリズムが感じられる。グイド・レーニは当初、音楽を志していたのだという。
ヒッポメネスはアタランテと結婚する意志があったのだろうか。アタランテよりいっそう美しく描かれたヒッポメネスは、その美しさゆえにヴィーナスに魅入られ、ただ己の自尊心を満たすためだけに、この徒競走に賭けたのかもしれない。
アタランテ、俊足の、男嫌いの乙女。なぜ律儀に黄金の林檎を拾わなければならなかったのだろう。意地と意地の張り合いによる結婚は満たされない。ヴィーナスの怒りを買い、ライオンに姿を変えられたという。
自身、女嫌いだったと伝えられるグイド・レーニが描いたこの絵画は不思議に美しい。ことにヒッポメネスの、自己に陶酔するかのようなダンス、背に回した左手に隠し持った最後の林檎も、次の瞬間には違ったポーズで放たれるに違いない。彼の目はアタランテを見てはいない。
3個の林檎は弧を描く。1個目の、既にアタランテの左手に握られた、2個目の、いままさに拾われようとしている、3個目の、ヒッポメネスの左手にまだある林檎は見ることはできないが、そこにある。
林檎の弧とアタランテのポーズは相似をなす。ヒッポメネスは林檎を投げた手で彼女を押しとどめ、ひとり逃げおおせることを願う。何のために?
ヴィーナスがその瞬間を願ったから、としか言いようがないかもしれない。ただ美だけがそこにある瞬間を。