鏡の国の住民たち

図書館で借りた筑摩世界文学大系の『ボルヘス ナボコフ』の付録で清水徹氏の「鏡の国の住民たち--ナボコフボルヘス」が気に入ったので少々抜粋を

ナボコフボルヘスはともに鏡の国の住民である。
ナボコフの住む鏡の国の特徴は、自同律の崩壊した世界という面の強調にある。鏡に映った像は自分とそっくりだが左右が逆転している。鏡の向こう側の像は、鏡面を介在させてはっきりとへだてられた他だが、自分とそっくりだ。ぼくが右手を挙げると、向こう側のぼくは左手を挙げる。そうした自と他の同一=背反状態、あるいは同一と他とのめくるめくような相互滲透。それがナボコフの住む鏡の国の根源的な掟であり--
ボルヘスにおける《鏡》の主題は、無限と時間とに対する偏執と、何か不分明な現実世界の圧倒的な圧迫感を系として含んでいる。
鏡は現実を非実在化するものであるからこそ、ボルヘスは言語というそれ自体鏡にほかならぬものを精緻に組み合わせて、鏡像の無限反射のうちに世界を非実在化するような鏡装置をつくりあげる。
しかしそういう作品の奥からも、「しかし、しかし、世界は存在するらしい」というつぶやきが聞こえてくる。